世界の子育て・教育をのぞいてみよう! 第3回|イタリア編

子どもが、お絵描きを見せてくれました。

赤と青が重なって、ところどころ黄色。

大きな丸があって、その隣には、くねくねした線。

「わあ、上手だね! これはお花?」

すると、子どもは一言。

「違うよ。雨が踊ってるの!」

……雨が、踊っている? ☔

大人には思いつかない言葉です。

でも、もっと驚くのは、その絵に「正しい説明」があるとは限らないこと。

今日は、お絵描きが単なる工作以上の意味を持つ、イタリアの教育の話です。

北イタリアのレッジョ・エミリアという街で育まれた教育実践には、「子どもには100の言葉がある」という有名な考え方があります。[1]

100か国語を話せるという意味ではありません。

では、いったいどういうことなのでしょう?

光を通す色紙で表現する子どもたちのイメージ
光を通す色紙で表現する子どもたちのイメージ(記事内容をもとにしたイメージ)

1. 「100の言葉」は、会話の言葉だけじゃない

レッジョ・エミリアは、イタリア北部にある街です。

この地域の幼児教育で知られるのが Reggio Emilia Approach®。

教育者ロリス・マラグッツィの思想などを土台に発展してきた、地域の教育実践です。

大切なことを先に一つ。

イタリアの幼稚園が全国一律で同じ方法を採用しているわけではありません。

だからこそ、特定の街で生まれた考え方が世界の教育関係者の関心を集めてきたという事実が、面白いのです。

Reggio Childrenのイタリア語資料では、「100の言葉」は、子どもが世界を理解し、表現し、知識をつくるための多様な可能性の比喩として説明されています。[1]

言葉で語る。

絵にする。

音を出す。

粘土をこねる。

体を動かす。

光や影で試してみる。

全部、子どもの「考える方法」になりうるのです。

2. 完成した作品より、つくる途中が面白い

親としては、子どもの作品を見るとうれしくなります。

「すごい! きれいにできたね!」

つい、完成品を褒めたくなりますよね。

でも、少しだけ目を向ける場所を変えてみましょう。

例えば、折り紙を切っては重ね、また切って、透かして見る子ども。

最後に何ができたのか、よく分からないかもしれません。

それでも途中には、「重ねると色が変わる」「窓に近づけると明るい」「小さく切ると並べやすい」という発見があります。

レッジョ・エミリアの教育では、こうした探究の過程や、子どもが考えを他者と共有する姿が重視されています。[2]

作品を完成させることは、学びの一部分。考えが変わっていく過程にも価値がある。

この視点を知ると、ぐちゃぐちゃの紙の山さえ、少し違って見えてきませんか?

3. イタリアの学校には「アトリエ」がある

ここで登場するのが、イタリア語の atelier(アトリエ) です。

アトリエと聞くと、絵を描く専門教室を想像するかもしれません。

しかし、Reggio Childrenが説明するアトリエは、単なる制作室ではありません。

子どもが素材と出会い、考えを試し、さまざまな表現を結びつける空間です。

レッジョ・エミリア市の幼児学校では、1960年代末からアトリエと芸術的な専門性を持つアトリエリスタが取り入れられてきました。[3]

市が紹介する活動には、粘土、歯車、紙、光、写真など、素材ごとに探究を楽しむアトリエもあります。[4]

「今日は絵の時間だから、絵を描きましょう」という区切りを超えて、素材が子どもの考えを引き出す。

それが、この教育の魅力の一つなのでしょう。

色・光・影を使った探究を表す挿し絵
色・光・影を使った探究を表す挿し絵(記事内容をもとにしたイメージ)

4. 大人は「答えを持っている人」だけではない

子どもが粘土で不思議な形を作り始めました。

大人は「それは何?」と聞きたくなります。

でも、あえて、こう聞いてみたらどうでしょう。

「どうしてここを丸くしたの?」

「こっちの形と比べると、何が違う?」

あるいは、何も聞かずにじっくり眺める。

大人が決めた正解へ誘導せず、子どもの考えを知ろうとする姿勢です。

ただし、放任という意味ではありません。

教師は素材を選び、場を整え、観察し、記録しながら次の活動を考えます。[2]

ここで「大人は何もしない方がいい」という誤解には注意したいところ。

子どもの自由な表現を支えるために、見えないところで大人はたくさん考えているのです。

5. 写真や言葉を残すのには、理由がある

例えば、作品の写真を撮るとします。

完成した絵だけを撮るのか。

それとも、途中でどんな材料を試し、どんな会話を交わしたかも記録するのか。

両者には、大きな違いがあります。

レッジョ・エミリアの教育では documentazione(ドキュメンタツィオーネ)、つまり教育の過程を記録し、振り返り、共有する実践が重要です。[5]

これは、ただ写真を撮りためることとは違います。

子どもの言葉や選択、そのときの疑問を丁寧に残すことで、活動の意味を大人同士でも検討できるようにするのです。

家庭なら、立派な記録ノートでなくても大丈夫。

写真の横に「赤い紙を透かすと、海の色になった!と言っていた」と一言だけ添える。

数か月後に見返すと、出来栄えより、その子らしい発想に驚くかもしれません。

6. 実は「100の言葉」は、好き勝手に描くことだけではない

ここで、ひとつ誤解しやすい点があります。

レッジョ・エミリアの教育では、子どもの自由な表現が大切にされる。

すると、「大人は一切口を出さず、子どもが好きなように作ればよいのね」と思うかもしれません。

でも、現地の教育資料を読むと、それだけではありません。

教師たちは子どもの言葉や行動を観察し、活動の写真や記録を読み返して、次にどんな素材や問いを用意するか考えています。[5]

例えば、ある子が水たまりの影に興味を持ったとします。

翌日、教師が鏡や透明な板、光を通す素材を置いたらどうでしょう。

子どもは「影って黒いだけじゃないの?」と新しい疑問を持つかもしれません。

ここでの素材は、ただの飾りや暇つぶしではありません。

子どもが自分の考えをさらに試すための、いわば会話の相手です。

だからアトリエには、自由さと同時に、教育の専門性があります。

子どもが主役だからこそ、大人は舞台を丁寧に整える。

そんな関係が見えてきます。

7. 日本の幼児教育にも、表現の芽を育てる考え方がある

イタリアの話をすると、つい「日本はみんな同じ作品を作らせる」と想像されがちです。

でも、日本の幼稚園教育要領でも、感性や表現、創造性は大切にされています。[6]

自分なりに表現すること、友達と感じたことを伝え合うことも、幼児期の教育の一部です。

もちろん、実際の制作活動は施設によって大きく違います。

同じ題材で作ることにも、道具の使い方を学ぶなどの目的があります。

反対に、自由制作なら必ずよいというわけでもありません。

大切なのは、その活動で子どもが何を感じ、何を考え、どんな経験をしているかを見ること。

ここは日本とイタリアに共通する視点として受け取れそうです。

8. 家のテーブルが、ちいさなアトリエに変わる日

さあ、家庭でできることを考えてみましょう。

準備するのは、色紙、光が透ける紙、クレヨン、段ボールの端切れ、自然物など。

ただし、年齢に合わない小さな部品や刃物には十分注意してください。

最初から「これを作ろう」と完成見本を出さない日を作ってみる。

「この紙、丸めたらどうなるかな?」

「同じ赤でも、重ねると違って見えるね」

大人は作品を評価する人ではなく、一緒に不思議を発見する人になる。

もちろん、子どもが「お手本を見せて」と頼んだら、見せてもいいのです。

自由な表現は、大人が一切手を出さないことではありません。

子どもが「今、これを試してみたい」と思える余白を残すことなのだと思います。

親子で作った小さな作品を眺める挿し絵
親子で作った小さな作品を眺める挿し絵(記事内容をもとにしたイメージ)

9. 作品を「上手・下手」で見なくなると、親子の話が広がる

お絵描きの紙を見て、思わず「上手だね!」と言ってしまうことはあります。

それ自体が悪いわけではありません。

ただ、その言葉だけで会話が終わるのは、少しもったいないかもしれません。

例えば、

「ここの青と黄色、重なっているね」

「この線は、勢いよく描いたんだね」

「昨日と違う材料を使ってみたんだ」

と、見えたことを伝える。

子どもが話したい気分なら、そこから自分の考えを説明してくれるでしょう。

何も答えなくても、無理に引き出す必要はありません。

また、作品をしまうとき、一つだけ「どうやってこれを作ったか、教えてくれる?」と聞いてみるのも素敵です。

完成した作品が写真に残り、そのときの言葉も少しだけ残る。

数年後、それは立派な成長の記録になるかもしれません。

子どもの創造力は、作品を飾る場所だけではなく、その作品について安心して話せる時間の中でも大切にされる。

イタリアの教育が教えてくれるのは、そんな見守り方なのだと思います。

10. 「雨が踊っている」には、きっと理由がある

冒頭の絵を、もう一度思い出してください。

大人には、お花に見えた絵。

でも子どもには、雨が踊っているように見えた。

「なるほど。どうして踊っていると思ったの?」

そんなふうに聞いてみると、きっとその子だけの物語が出てくるのでしょう。

答えがはっきりしなくてもいい。

今日は説明したくないのかもしれない。それも尊重したいですね。

子どもの表現は、作品が完成した瞬間に終わるわけではない。そこから会話が始まることもある。

イタリアの「100の言葉」は、子どもに何かを教える前に、大人の見る目を豊かにしてくれる考え方なのかもしれません。🎨

次回予告 🌲

雨の日も、寒い日も、子どもが森へ?

次回はドイツの森の幼稚園を訪ね、自然の中の遊びと安全について考えます。

この記事の調査資料・参考文献

[1] Reggio Children La cultura dell’atelier come approccio all’apprendimento di bambini e adulti. イタリア語原文

[2] Comune di Reggio Emilia Carta dei servizi dei nidi e delle scuole dell’infanzia. イタリア語原文PDF

[3] Reggio Children Atelier. イタリア語原文

[4] Comune di Reggio Emilia Cento mondi da esplorare. イタリア語原文

[5] Reggio Children Valori — Documentazione educativa. イタリア語原文

[6] 文部科学省 『平成29年改訂幼稚園教育要領・解説』 公式資料一覧

※レッジョ・エミリアの実践は、イタリア全土の一律の教育制度ではありません。会話・挿し絵はイメージです。

企画・編集:株式会社フォーユアオール
本記事は公開資料をもとにした読み物です。参考資料は上記をご参照ください。