世界の子育て・教育をのぞいてみよう! 第9回|イタリア・アメリカ・日本編
テーブルの上には、紙とセロハンテープ。
その横に、ミニカーが一台。
今日のミッションは、「紙で橋を作って、車を渡らせること!」
まずは紙をまっすぐ置いてみます。
車を乗せた瞬間、ふにゃり。
「あっ、落ちた!」
じゃあ、どうする?
紙を折る? テープを増やす? 支える台を近づける?
子どもは夢中で試し始めます。
大人から見ると、ただの工作かもしれません。
でも、この遊びには、実は科学や工学の考え方が詰まっています。
イタリアのアトリエ文化とアメリカの科学教育資料を調べると、「作ること」と「考えること」を分けなくてもいいという共通の視点が見えてきました。

1. アメリカの科学教育は「知識」だけを教えていない
アメリカには、科学教育の方向性を示す Next Generation Science Standards(NGSS) という枠組みがあります。
これはアメリカ全国一律の義務教育課程ではなく、採用や運用は州などによって異なります。
それでも、示されている考え方は興味深いものです。
例えば幼稚園から小学2年生程度に相当するK–2の工学設計では、問題に気づく、観察する、解決方法を考える、モデルを作る、試して比較する、といった活動が示されています。[1]
「答えを一つ覚える」だけでなく、「その答えが使えるか確かめる」ことも学びなのですね。
今回の紙の橋なら、
「車を落とさず渡らせるには?」
という課題が出発点です。
それだけで、立派な探究の入り口になります。
2. 工作の前に、「困ったこと」を見つける
大人は、工作をするとき完成見本を用意したくなります。
「この通りに作れば、きれいにできるよ」
それはそれで、道具の使い方を学ぶよい機会です。
でも、別の日には、完成形を決めない活動も面白そうです。
「机と机の間を、ミニカーで渡れないかな?」
そうすると、何を作るかは子ども自身が考えます。
アメリカのNGSSでも、最初に問題を捉えることが工学設計の重要な部分とされています。[1]
そして、考えた方法を絵に描くことも、実際に模型を作ることも、学びの一部です。
工作が、手先の作業だけではなくなる瞬間です。
3. いきなり正解を教えない理由
紙を半分に折った橋。
さらに山折りを作った橋。
支えを増やした橋。
どれが一番車を支えられるでしょう?
大人なら答えの予想がつくかもしれません。
でも、子どもが自分で試してみると、結果がぐっと実感を伴います。
ここで面白いのは、「最初の予想が外れた!」というときです。
科学や工学では、予想が外れることは、必ずしも失敗ではありません。
何が起きたかという新しい情報が得られるからです。
アメリカ国立アカデミーズの科学教育の枠組みでも、質問する、モデルを使う、調査する、説明や解決策を組み立てるなどの実践が重視されています。[2]
作って、試して、もう一度作る。
その繰り返しこそが、工作の面白いところかもしれません。

4. イタリアのアトリエでは、「手で考える」
では、イタリアはどうでしょう?
レッジョ・エミリアの幼児教育に登場するアトリエは、絵を描くためだけの場所ではありません。
Reggio Childrenは、アトリエについて、子どもの多様な表現を支え、pensare con le mani(手で考える)という考え方につながる場所として紹介しています。[3]
粘土に触れる。
紙を重ねる。
光に透かす。
歯車を動かす。
そんな行為の中に、言葉だけでは表現しきれない発見があります。
完成品を展示するだけでなく、途中で何を試し、どんな疑問を持ったのかを見る。
アメリカの工学教育とは同じ制度ではありませんが、「手を動かしながら考えること」に価値を見いだす点で、響き合うものがあります。
5. 日本の「ものづくり教育」にも、大切な共通点
日本の幼稚園教育要領でも、身近な物に触れ、その性質や仕組みに関心を持ち、工夫して遊ぶことが大切にされています。[4]
小学校の理科でも、観察や実験を通して問題を解決する学習が重視されています。[4]
ですから「アメリカでは実験、日本では暗記」という単純な比較は正確ではありません。
日本には、理科室での実験や生活科の観察、図画工作など、手を動かして学ぶ経験がすでにあります。
国によってカリキュラムの構造や具体的な活動は違っても、共通する学び方が見えるのです。
そして、海外資料を読むことで、いつもの工作を別の角度から考えられるようになる。
それが、比較する面白さだと思います。
6. 「実験」と「工作」は、どう違う? そしてどこでつながる?
紙飛行機を作るのは工作。
遠くまで飛ばす工夫をするのは、実験。
そんなふうに考えると、違いが分かりやすいかもしれません。
もちろん、実際には重なっています。
工作では、自分の思い描いたものを形にします。
実験では、起きた現象について「どうして?」と考え、確かめます。
例えば紙飛行機を折って終わりなら、それも十分楽しい制作活動です。
でも「羽を広くしたら飛び方は変わる?」という問いが生まれたら、そこから調べる活動へ広がります。
アメリカのNGSSは、科学的な問いを立てることと、工学的な問題を解決することを区別しながら、どちらも大切な学習実践として扱っています。[1][2]
その違いを、幼い子どもに難しい言葉で教える必要はありません。
作る。
試す。
見つける。
また考える。
そんな体験を重ねる中で、自然に行き来できるのです。
作品を作って終わる日も、ひとつの疑問をとことん追う日も、どちらも大切にしたいですね。
7. 実験するなら、条件を一つだけ変えてみる
「どの橋が丈夫かな?」
こんな実験をするとき、紙の種類も、橋の長さも、支えの幅も、全部変えてしまうと、何が原因で変わったのか分かりにくくなります。
だから、最初は一つだけ変えてみる。
例えば、同じ紙、同じ幅の間隔で、折り方だけ変える。
そして、乗せられる車の数などを比べる。
年齢が低ければ厳密な測定を求めなくても大丈夫。
「こっちの方が強そうだね」「なんでだろう?」と話すだけでも、観察の楽しさが生まれます。
もちろん、学習としての厳密さが必要になる年齢では、条件をそろえることが重要になってきます。
子どもの発達に合わせて、遊びの問いを少しずつ深くする。
そんな工夫ができそうです。
8. 家庭の実験室は、そんなに立派じゃなくていい
工作や実験に興味を持ってもらうには、何を準備すればよいのでしょう?
紙、テープ、空き箱、水、色鉛筆。
まずは、身近な材料で十分です。
お風呂で浮くものを比べる。
紙飛行機の羽の幅を変えてみる。
同じ形の箱を重ねて、どの置き方なら倒れにくいか試す。
ただし、年齢に合わない小部品、熱、刃物、化学薬品、電池などには注意が必要です。
「安全な範囲で、試せることを増やす」が基本です。
また、工作が苦手な子に、完成品を作ることを強制する必要はありません。
観察するだけでも、考えを言葉にするだけでも参加できます。
手を動かす方法は一つではないのです。

9. 大人が「うまく作れない」ところも、見せてみよう
家庭で工作をするとき、大人はつい上手な見本を作ろうとします。
「ここをこう折れば、ほら、できた!」
でも、たまには一緒に失敗してみてもいいかもしれません。
「お母さんの橋も、落ちちゃった」
「じゃあ、どうしたらいいかな?」
子どもと同じ目線で、次の方法を考えてみる。
大人が完璧な答えを持っている場面だけでなく、分からないことを一緒に考える場面も、子どもにとって大切な経験になります。
もちろん、道具の扱いや安全については、大人が責任を持つ必要があります。
危険な実験で失敗を見せるようなことは、絶対に避けなければなりません。
けれど、安全な紙工作なら、違う方法を試す余地がたくさんあります。
完成させるための方法が何通りもあることに、子ども自身が気づくかもしれません。
「正解を知っている大人」から、「一緒に問いを楽しむ大人」へ。
工作を始める前に、そんな気持ちでテーブルに座ってみるのも素敵だと思います。
10. 橋が落ちた。その瞬間から、科学が始まる
最初の紙の橋を思い出してください。
ふにゃりと曲がって、車が落ちてしまいました。
「あっ、失敗!」
そう言いたくなるけれど、もしかしたら違うのかもしれません。
子どもが、橋をじっと見つめています。
「ここを折ったら、強くなるかな?」
その一言には、前に試したことを思い出し、新しい方法を考える力が詰まっています。
まだ成功していなくても、もう学びは始まっているのです。
「何ができた?」だけでなく、「何を発見した?」と聞いてみる。
それだけで、今日の工作が、ちいさな科学の冒険に変わるかもしれません。✨
次回予告 ⌚
スマホですぐ時間が分かるのに、アナログ時計を習うのはなぜ?
最終回はイングランドの算数課程から、時計の針と子どもの学びを見つめ直します。
この記事の調査資料・参考文献
[1] Next Generation Science Standards K–2 Engineering Design. 英語原文
[2] National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine A Framework for K–12 Science Education. 英語概要
[3] Reggio Children Atelier. イタリア語原文
[4] 文部科学省 『平成29年改訂幼稚園教育要領・小学校学習指導要領と解説』 公式資料一覧
※NGSSはアメリカ全州共通の義務教育基準ではありません。作例は家庭向けの提案で、挿し絵はイメージです。
企画・編集:株式会社フォーユアオール
本記事は公開資料をもとにした読み物です。参考資料は上記をご参照ください。

